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MBAの卒業式があと2ヵ月後に迫ってきたという事で、 ここ数日、昔のクラスメイト数人とメールのやり取りを しています。
薄情なワタシは、たまーにメールやSNSなどで交信する以外、 帰国後ほとんど彼らと個人的に深く話をしていませんでした。
時間的に余裕がなかったのも、ある。 いまや世界各地に散らばったみんなとの時差の問題も、ある。 そして、ワタシ自身がみんなと深く話をすると、 懐かしい思い出に色んな意味でヤラれてしまう危険を 恐れていた事も、ある。
何はともあれ、たとえメールベースであっても クラスメイト何人もと立て続けに話をしたのは 本当に久しぶりで、というか帰国後初めてくらいの事でした。
毎日のように顔を突き合わせ、そうする事に 何の特別性も新鮮味も感じていなかったあの頃が 今では宝物のように輝いています。
コースが始まった当時は肌の色も何もかも違う、知らない人同士 だったワタシ達が、お互いをクラスメイトとして意識するようになり、 いつの日からか目的を共有する良き戦友となっていました。
そんな彼らからのメールを読みながら、 ワタシは彼らを本当の家族のように思っている自分の気持ちに 気がつかされました。
今日メールをし合った友達5人だけでも、 全員地球上の各地に散らばっています。
あれだけ毎日、朝から夜まで一緒にいた仲間達が、 たとえ学校がなくても電話一本でお互いの家に 駆けつけていた仲間達が、 今はもう、相当な努力をしないと会えないという状況に なっているんだという、当たり前の事実に改めて直面して 言い得ぬ感情になりました。
そんな風に、物理的には他のどんな友達よりも 離れてしまった仲間達だけど、
みんながお互いの健康や幸福や成功を本気で祈ってる。
彼らからのメールからはこの事が心の底から感じられます。 それと同時に、そんな風にお互いのしあわせを本気で 願い合える人間関係って、家族以外では、 少なくともオトナになってから新たに築ける関係としては 本当にマレなんではないかとも思いました。
就職活動が困難を極めているというあるクラスメイト に対しては、ワタシは本気で今の彼とその家族の不安が 1日も早くなくなり、彼の本当の能力が最大限生かせる職場が 見つかる事を祈ったりする。 そして、そんな苦難の状況に立たされていながらも、 彼からのメールでは、全ての面においてワタシの日本での 生活が順調でハッピーである事を祈る言葉が送られてくる。
メールを出しただけで、こんなに嬉しい事はないと 喜んでくれる別の友達は、仕事が忙しくて卒業式には 出席できないと思うから、自分の国にすぐにでも 遊びに来てくれ、と冗談にしては真剣なコメントが 書かれていて、そんな彼からのメッセージに、 もし卒業式にワタシが行けても彼とは会えないのかと 本気でがっかりしながらも、彼の仕事の成功と健康を 親のごとく願ったりする。
「とっくに新しい生活が始まってるのにまだそんな事 言ってるの?」と笑われる事を覚悟で、 「あの土地とMBAの日々が恋しいよ~」と書いたら、 普段はクールな人にも関わらず、 「こっちもまったくもって同じ気持ちだよ」と即答した あまりにもワタシ自身の気持ちとぴったりの他の友達の 思いを読んで、まるであの頃のようにその子が すぐ目の前にいるような気がした。
初めて出会ってからもう随分時間が経ち、 会う事も簡単にはかなわなくなった彼らと、 時空間的にはとことん離れてしまったけれど、 目には見えない絆はその分深まっている事を 実感しています。
一緒にいた時よりも、ワタシが彼らを人生の宝物だと思う 気持ちは倍増しました。 それは、会えないのに、会えないからこそ感じられる ホンモノの思いであるような気がしています。
いつだって彼らには会いたいけれど、 今日ほど会いたいと思った事は帰国以来 初めてかも知れません。
そして、ただあの時のようにくだらない話や ちょっとまじめな話で盛り上がりたいから 会いたいのではなく、今日感じた彼らへの思いや 感謝を直接伝えたいから会いたいと思いました。
よく人が家族に対して思うように、彼らに対し、 毎日顔を突き合わせ、一緒にいる事が当たり前すぎて、 改めて感謝をしっかり伝えられていただろうか? と思わされます。
一番伝えたい人に感謝や思いを伝える事は 本当に重要な分、ついつい見落としてしがちなの かも知れません。少なくともワタシは。
だからこそ、今すぐにでも一人一人に会いに行って ただありがとうを言いたい気持ちになった本日です。
今はできないけど、いつか、必ず。
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